So-net無料ブログ作成

夕暮れのスター・ウォ−ズ [STAR WARS]

僕は、スター・ウォ−ズの第1作目を映画館では観ていない。
僕が少年時代、タトゥーインの様に何も無い町では、近所の駄菓子屋が情報発信源だった。
店内に貼られた、ルークがライト・セーバーを振り上げているポスターに、心をドキューンと打ち抜かれた。コカ・コーラの王冠の裏のキャラクターの写真にもワクワクした。
近所の本屋では、どきどきしながら、スターウォ−ズの単行本(昭和53年角川)を買った。巻頭の写真「要塞惑星に捕らえられたミレニアム・ファルコン号」で、初めてダース・ベイダーの姿を観た。僕は、この壮大な物語のような世界が、遥かかなたの宇宙のどこかに、ひょっとしたら存在するのでは無いかと思ったりしていた。
しかし、この映画を観ずに、その夏は終わった。

当時は、ビデオも家に無かったし、テレビでもまだやっていなかったので、
僕にとっては、長い間、観たくて観たくてたまらない、幻の作品だった。

何年かして、ガンダム・ブームの頃だ。友達が映画『機動戦士ガンダム めぐりあい宇宙』を、近所の映画館に観に行った。そして帰ってくるなり、驚くべきことを僕に言った。
「スター・ウォ−ズの予告編やっていたぞ。凄くおもしろかったぞ。」
友達は興奮しながら、予告編の詳細を話してくれた。
どうやら、第1作目の日本語版が、その映画館にやってくるのだ。
半分、信じられなかった。
その映画館は、普段は成人映画ばっかりやっている、さびれた(入ったこともなかったのだが)小さな映画館なのだ。
その日、僕と友達は塾の帰りに自転車をこいで、その映画館に向かった。
のぞくと、中は思っていたより、きれいだった。
入り口の所に、おじさんがすわっていた。
勇気をふるって中に入り、おじさんに話しかけた。
「今度、スター・ウォ−ズ、この映画館でやるんですか?」
おじさんは、にこにこして答えた。「もう少ししてからね。」
「いつから、やるんですか?」
おじさんは、何やら持ってきた。紙の分厚い束だった。
「これを、友達に配ってくれる?」 スター・ウォ−ズのちらしの束だった。
カラーではなく、手作りっぽい、白黒の印刷で、
お馴染みのスター・ウォ−ズのポスターの絵が印刷してあり、
同時上映、電子的迷宮とあった。
(ジョージ・ルーカスの劇場処女作で、これも観たい幻の作品だった。)

僕と友達は、凄い宝物を手にして、興奮しながら家に帰った。
翌日、学校で、クラスメイトにちらしを配った。
映画館の人になったようで、嬉しかった。
しかし、ちらしは膨大で、残りが大量にあった。
僕と友達は、学校が終わってからも、大量のちらしを自転車のかごに入れて遊びに行き、
町のいたる所に、目につくように置いたりして、ちらしを減らした。
しかし、残りは、まだまだあった。

夕方、僕らは陸橋に登った。下には公園があった。
僕らは、ちらしを陸橋の上からばらまきいたり、紙飛行機を作って飛ばしたりした。
夕暮れの空の中、スター・ウォ−ズのちらしは、風にのって、どこまでも飛んで行った。


エピソード3良かった! [STAR WARS]

『スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐』を先程観てきました。
良かったです。素直にそう思った。
最後の方は、涙が静かに浮かびました。(あ、涙出てる、と冷静に思った。笑)

(以下は、ネタバレ含みます。)
原作読んでいたので、細かい所は分かっていたつもりだったけど、
映像と音と音楽で、表情とか動きを観ると、やっぱり違いますね。

字幕も今回は、がんばっていたと思った。
(SW世界独特の世界観や、色んな意味を持たせた会話が出てくるので、翻訳するのは大変だと思います) 記憶なので正確じゃないかもしれないけど、聞き取れた簡単なところで、
C3P0の台詞の「アナキン様は、ジェダイ寺院に戻られました。」(Anakin retuned to the Jedi temple.)
とか、「ジェダイは復讐しない」(Jedi never revenge.)(誰の台詞だったっけ?、)
とかは、『ジェダイの復讐』が『ジェダイの帰還』へ日本語タイトルが改題されたことの因縁話とかを思い出して、つい、にやりとした。Sith never return! ってつっこみ入れたくなりますね。(英語の聞き取り、間違っていないかはちょっと不安です。SWをみる時、英語が苦手なことが、本当に悔しい。字幕を観ていると映像が見れないし。字幕も台詞を全てを正確に訳しているわけても無い訳だし。苦笑。)
「復讐するはシスにあり」って感じで、復讐することや愛する者への強い執着っていうのは、シスへの強い誘いとなるようです。ダークサイドへの道っていうのは、他人事では無いですね。
パルパティンは悪い奴だけど、なんだか役者が堂々としていて、憎ったらしくはなかった。
アナキンを救出する所では、何だか、アナキンを利用しようする以上の心の動きが感じられた。
(彼の末路を知っているだけに、ちょっと不憫。)

ユアン・マクレガーのオビ=ワン・ケノービは、エピソードIの時は、頑張っているけど、
似ていないなぁと思っていたけど、なんだか、すっかり旧3部作のアレック・ギネスのケノービに似てきてというか、現時点では彼の方がオビ=ワンに見えるようになって頼もしい。

パドメについては、理知的で強い女性から普通の女性になってがっくりという評があり、
確かにそう見える所もあったが、まぁいいじゃないかと思った。
民主主義の崩壊への警句が充分決まっていたし、
アナキンへの愛、そして出産が良く描かれていたので。

アナキン役のヘイデン・クリステンセンは、彼の他の映画を観たことがないので、
アナキンにしか見えない。役者としては不幸なことかもしれないが、ル−カス監督の狙い通りでしょう。複雑な役どころだったけど、アナキンにしか見えないので、自分の場合は、彼の行動は素直に受け止めることができた。(アナキンはいつでもHelp!って言葉に弱い、って読んだことあるけど、本当でした。)

特撮は、欲を言えばきりがないけど、現時点では最高レベルでしょう。文句無し。
R2-D2とヨーダの活躍も楽しかった。ヨーダって、パルパティンに小さいことをからかわれて、ムキになっていたのがおかしい。何だか銀河系の壮大な戦いなのだけど、ホーム・ドラマのような親しみが感じられるところがありますよね。
ジョージ・ル−カス監督、長い間、御苦労様でした。
何か今日は、4半世紀に渡るモヤモヤがすっきりしたので、変な夢を観ることもないなぁ。

P.S.
また、7/9以降に観に行くつもりです。
細かい所までとても見きれなく、アザラシネコ(Nos Monster?)も良く分からなかったし。
ファルコン号は分かりましたが、変装したジョージルーカスの姿は、今一つ自信が無いし。
2001年宇宙の旅へのオマージュのシーンがあるっていうのは、分かりました。
ジャージャやボス・ナスもちょっとだけ出ていました。
オーウェン・ラーズの姿がルークと重なったのには、笑とともに感激。


エピソード3を観に行くにあたっての心がまえ [STAR WARS]

今日は、スター・ウォ−ズ、エピソード3の先先行ロードショーを見に行く。
見に行く回は12時ちょうどに開演する。少し早めの昼食をとり、水分を控えてその時を待つ。
この1週間は、そわそわしてていた。昨夜は興奮して寝つけなかった。

スター・ウォ−ズをリアルタイムで見てきた人たちは、誰もが、
スター・ウォ−ズとの出会いのこと、次の作品をいつも待ち焦がれていた気持ちを熱く語る。
人生において意味のあることに出会うことは、そう沢山は無いと思うけど、
スター・ウォ−ズは、間違い無くその一つになり得ると思う。
私も4半世紀に渡って、そうしたスター・ウォ−ズに対する精神的巡礼ともいうベき遍歴を行ってきた。今日、いよいよその環が閉じることになると思うと感慨もひとしおだ。

これから、見に行くまでの間に、
今迄得てきた多くのエピソード3の情報と映像を、全て頭から追い出し、
あらゆる雑念を追い払い、そして、あまり過度な期待をしないように、
子供のように純粋な気持ちで観れるように、心を落ち着かせようと思う。
何だか、ジェダイの修行のヨーダ。


湧き水の夢 [小話]

 昨夜、変な夢を見た。湧き水の夢である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ある所に険しい山があった。その山の上の方には幻の湧き水が出る泉があった。
私たちは登山家で、その山に苦労して登った。そして、美しい泉でポリタンクにいっぱい水を汲んだ。そして、重いポリタンクを持って、また苦労して山を降りた。(簡単に書きましたが、夢のこの部分は、本当はとても長く大変だったです。。笑)
私と仲間は、山のふもとのホテルにこの貴重な水を持って行き、多額のお金をもらった。

 次の日、私と仲間は山のふもとの洞窟に行った。洞窟には何故かエレベータ乗り場があり、エレベータに乗って45階を押すと、降りた所は、山の上の方のゲレンデだった。ゲレンデから山に入ると、泉まではすぐだった。泉で水を汲んで、エレベータで楽に山を降りた。そして、私と仲間は山のふもとのホテルに水を持って行き、またお金をもらった。

 翌日、私と仲間が、山のふもとの洞窟にいくと、エレベータ乗り場の横においてある、
傘立ての後ろから水が湧き出ているのを仲間が見つけた。仲間は、その水を汲んだ。
水質を検査すると、山の上の泉で汲んだ水と同じであることが分かった。泉の水が、山の中の岩を通ってここから湧き出ているのだ。もう、山の上まで水を汲みに行く必要は無くなった。
 ただし、難点があった。水量が少なく、ポリタンクはなかなかいっぱいにならないのだ。
洞窟の中には水が出ている場所が他にもあるはずだと私は考え、探し回った。すると、エレベータが開いている間、エレベータのドアの端の隙間から、水が勢い良くしたたり落ちてくるのを発見した。私は、大喜びでエレベータのドアを開けっ放しにして、タンクに水を受け、いっぱいにした。そして、ホテルにこの水を持っていき、お金をもらった。

 我々には、ライバルのおばちゃんがいた。おばちゃんも、いつもホテルに水を売りにきていた。
ある日、私は仲間をおいて、ひとりで水を汲みに行った。洞窟に入ると、おばちゃんにかち合った。気まずい感じとなった。おばちゃんは、洞窟の中の手洗い場(公園の水飲み場みたいな所)で、下にかがみこんでいた。
おばちゃんは「どこに行くの?」と私に聞いた。私は水を汲んでいる場所を秘密にしておきたかった。「エレベータに乗って、上まで水を汲みに行きます」と私は嘘をついた。
「上まで汲みにいっているの?大変だねぇ」とおばちゃんは言った。私は、やましさを感じながら、エレベータに乗り、上のゲレンデまで行った。ここに来るのは久しぶりだった。
 山に入ろうとして、私は泉の場所を忘れていることに気付いた。あたりを見渡し、歩き回ったが、泉は見つからなかった。がっかりして、カラのポリタンクを持って、私はエレベータに乗って山を降りた。洞窟の中の手洗い場におばちゃんの姿は無かった。帰ったようだ。そこで、私はいつもの様にエレベータのドアの隙間で水を汲もうとした。
 すると、エレベータに乗ろうとする団体がやってきた。私は汲むのを止めた。
それから、人が次々とやってきては、エレベータを使うので、私は、エレベータのドアの隙間で水を汲むのを諦めた。そこで、仲間が汲んでいた傘立ての後ろから湧き出ている水を汲むことにした。しかし、そこは前にもまして水量が少なくなっており、タンクはいつまで待っても、いっぱいにはならなかった。私は、いらいらしていた。おばちゃんへの手前、カラでは帰れない。
 そして、ふと、おばちゃんが水を汲んでいた手洗い場に目がいった。悪魔が私にささやいた。
私は、ポリタンクを持って手洗い場に行き、おばちゃんがしゃがみこんでいた様に、しゃがみこんだ。そこの壁から水が勢い良く吹き出していた。私は、ポリタンクをあてた。ポリタンクは、みるみる水でいっぱいになった。私は、おばちゃんに見られてはないかと、回りを見渡したが、大丈夫だった。

 私は水が手に入った喜びの反面、悪いことをしているという気まずい気持ちだった。そして、これはただの水で、あの泉の水とは、何の関係もないことも分かっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜      
 夢はここで醒めましたが、1ヶ月ぐらい前に、体にいいかとドライブがてら湧き水を汲んできたことがあったので、こんな変な夢を見たのかも知れません。
胃の調子が悪いと、たまに変な夢を見る事があります。(今はそんなに悪くないですが。)
 夏目漱石先生にもこんな様なことがあったのかなぁ。


『半島を出よ』読了 [本]

村上龍の『半島を出よ』を、先日読み終わりました。
前回書いたように、味わいながら、ゆっくり読んでいたのだけど、
突然スイッチが入ってしまい、読むのが止まらなくなって、一気に最後まで読みました。
この読むのが止まらなくなるスイッチが入る感覚は、久しぶりだなぁ。読書は楽しい。

北朝鮮の特殊部隊のこととか、良く知らなかったので、勉強になりました。
後半は、中島らもの『ガダラの豚』とか筒井康隆の『俗物図鑑』とか、昔読んだことがある、
良質な日本的アクション作品ぽい迫力があって、光景が目に浮かび、止まらなくなる程、面白かったです。行き詰まっている人に、ストレスの多い人に、中高生なんかにも、元気を与える作品だと思いました。
但し、これはこれで好きなんだけど、出だしから受けた印象や、所々では、ぞくぞくする程凄そうな印象があったので、作品全体では、もっと高いレベルが目指せたはずなのにと、少し残念ではある。といっても、間違い無く傑作です、また読み返します。人物が多くって、整理できていないので。笑。
最後に、この本の装幀は、とても気に入っています。
この作品を良く表現しているし、地理の確認もできるし、そして何よりも美しい。
あとがきを読むと、龍さんも気に入っているみたいですね。


『半島を出よ』と事件 [本]

 先週から村上龍の『半島を出よ』を読んでいる。読もうと思った理由の1つは、1ヶ月前にスタジオパークに出ていた時の、村上龍の不機嫌な表情と意志の疎通が充分で無いような呟くようなしゃべり方が気になったからである。村上龍にはテレビの中では全く伝えきれない程、言いたいことが沢山ある様だった。そして、一足先にこの本を読み出した友人は、「この本は素晴らしく良い。ここ最近読んだ本の中で一番である。日本はここまで追い込まれているという危機感を持った。簡潔な文体で論理的であり、大切な情報が詰まっている。どちらかと言えば、村上龍の作品は大嫌いだったが。」と熱く語っていた。

 そして今、上巻の約2/3の辺りを読んでいる。読むのにパワーが必要で、多くのことを考えさせる作品である。読み進めていくには、普段は見えていない、あるいは目を背けている問題を、自分の中に溶け込ませる必要がある。時々本を閉じ、村上龍の主張と自分の認識の軸を合わせる様に息を整えながら、ゆっくりと読んでいく。昨日の朝は次ぎの様な箇所を読んだ。
「タケグチが最初に爆弾を作ったのは十歳と七ヶ月で材料は(省略)、タケグチは内部に釘を入れて殺傷力を高める工夫をした。」
「十三歳のときに(省略)、通っていた学校の校舎一棟を全焼させ、逃げ遅れた何人かの生徒を焼死させた。」(作品中の設定だと2006年の設定になる。)

 陰惨な箇所であるが、現実でも昨日、山口県の高校で火薬入りの瓶が投げ込まれて爆発する事件が起きた。容疑者は高校生で、瓶には威力を増す為、釘を入れていた。
コロンバイン高校銃乱射事件の様な銃を使った少年の事件は日本では起り難いが、手製の爆弾なら有り得る。作家の正確な予想に驚くとともに、仮にこの高校生が『半島を出よ』を読んでいたり、インターネットで製造方法の情報を入手したりしたことが判明すると、今の日本ではこうした情報は規制する動きがでてきるかもしれないと感じた。しかし、それは問題の解決にはならない。
情報の入手方法は進化しており、情報の遮断は不可能だからだ。

 村上龍の想像力は、頭に中の現実離れした絵空事では無く、多くの情報を収集し、的確に整理し、確度の高いシミュレーションをしている結果である。そして作品の中で、多くの現実の問題を明らかにし、警告している。我々は冷静に問題に向き合い、解決方法を見つけていかなければならない。これから続きを読みます。

半島を出よ (上)

半島を出よ (上)

  • 作者: 村上 龍
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2005/03/25
  • メディア: 単行本

半島を出よ (下)

半島を出よ (下)

  • 作者: 村上 龍
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2005/03/25
  • メディア: 単行本


スタ−・ウォ−ズ展再訪 [STAR WARS]

万博の「ささしまサテライト会場」で開かれている
「アート オブ スタ−・ウォ−ズ展」を、再び訪ねました。
世界公開が始まったので、展示物が追加されているからです。
前回の感想は、以下にあります。
http://blog.so-net.ne.jp/miron/2005-03-20

今日は天気が良く、暑くなる前にと、朝一に出かけました。
ポケモンのヘッドマークをつけた「あおなみ線」に乗って、またワクワクしながら行きました。
会場の開場時刻9時ちょっと前についたので、「ささしまサテライト会場」内はすきすき。
3時間待ちとなるというポケモンのアトラクションも列がほとんど無い。
元操車場跡には、爽やかな風が吹きわたり、空は快晴でとても気持ちいい。

「アート オブ スタ−・ウォ−ズ展」には、小1時間ぐらい会場をぶらついてから入った。
入口にいたベイダー卿のレプリカが無くなって入る。
中は、思っていた以上にまぁまぁの数の人が入っている。
最初はスター・デストロイヤー。後方上部に大きなテレビ画面で、予告編を写している。
会場内に、メーキング等の映像を流す画面が増えていた。
何故だか、展示物より、画面を見入る人々。笑。
何だかエピソード3以外の展示物は 、前回にもまして少ないような気がする。
エピソード1のアナキンの実物大のポッドレーサ等が姿を消して、
パネルと休憩用コーナーになっていた。どこかに宣伝ででかけているのだろうか?

エピソード3では、展示物は、確かに追加されていた。ささやかなものもあれば、大物もあった。
ささやかなものとしては、アザラシネコ(正式な名前は覚えていない。)
イラストは前もあったが、クレーモデルがあり、全体像がよりはっきりした。
何故だか、とても心惹かれる生き物だ。
本当にアザラシのようなネコなんですよ。笑。
オビ=ワンがのる巨大なトカゲというかドラゴンのクレーモデルや絵が増えていた。
これも見ごたえがあったが、やっぱり、アザラシネコの勝ちかなぁ。

他にもささやかな追加として、ティファニーのランプの様なアール・ヌーボー調の、
新しい星の植物の模型などがありました。
美しい作品で、鑑定団の岩崎先生に鑑定して頂きたい出来でした。
そして、でっかいウ−キー2体は迫力ありました。うぅううぅww (吠えたつもり)

最後のハイライトはダース・ベイダー誕生の手術台。
そして、パドメの手術台(ポリス・マッサの治療台)。
この2つが並べて展示してあります。
ダース・ベイダー誕生の手術台は、予告編で同じみの、がっちりして無骨な機械的な台です。
パドメのは、ルークが着ていた柔道着のような白色で、だ円形で女性的な美しい手術台です。
(実の所、ダース・ベイダー誕生の手術台を見にきたのですが、なんだか、こっちの手術台の方が輝いて見えました。手術を受けるならこっちだなぁ。笑。)

2つの手術台が並べられると、アナキンとパドメの強い絆を感じます。
そして、ダース・ベイダーとルークとレイアは、同じ時に誕生したんだなぁと感慨深いです。
ジョージ・ルーカスの思いが伝わってきますね。

最後に抽選があり、展示会のポスターがもらえました。
これをライトセーバーのように振り回して、帰りました。
帰りには、会場も暑くなり、ポケモン・パークは、人でごった返していました。
早く出かけて良かった!

そういえば今回もまた、期待していたヨーダーのパペットに会えなかった。
もう師匠は、CGの中のみの存在となってしまったのだろうか?

「アート オブ スタ−・ウォ−ズ展」の関係情報は以下にあります。
http://www.delafantasia.jp/map/starwars.html
http://www.starwarsjapan.com/museum/topics/topics0505/nagoya_renew.html
http://www.asahi.com/starwars3/

おまけ


あの漱石を枕に [misc]

個人的な事情で、最近、病気関係の本やホームページを読む機会が増えました。(苦笑)
そうすると、何故かあの名前に、度々出会ってしまう。
それは、偉大なる夏目漱石先生です。
例えば、
「あの夏目漱石が名付けた肩凝り」
「夏目漱石が胃潰瘍であったことは有名」
「夏目漱石も結核で療養した」
「夏目漱石とうつ病」という感じです。
しまいには、新聞で「あの夏目漱石も悩んだ痔」と、見つけた時には絶句しました。

他にも、こうした病気になった人は沢山いると思うのだけど、
何故だか、漱石先先生は引き合いに出されることが多いというか、突出している気がする。
これは日本人に広く親しまれているからでせうか。
痔に関しては、草葉の陰で、ほっておいてくれと思われているかも知れませんが。
そう言えば、「あの夏目漱石」とか「あの漱石」という感じに、「あの」がつくことが多いのも気になる。「君も知っている人だけど、実は」という使い方なのだろうけど、
「あの」がつくことにより大仰になり、ユーモラスな感じすら漂う。

という訳で、私もあの漱石先生と同じ様に胃を煩っている為、ここ最近は食事には気をつけています。この病気は再発率が高く油断できないので、油断ちして消化の良いものを食べています。
おかげで体調も良い様です。
本日の昼食は、「ポトフのリゾット」でした。
新玉葱の甘い味がスープに染み出ていて、鶏肉もとろけるぐらい柔らかく、
とても美味しかったです。

なお、夏目漱石の処女作『吾輩は猫である』が発表されてから、今年で100年になります。

追記:
『我輩は猫である』(1905)から『明暗』(1916)までの漱石の執筆期間は11年。
ほぼ、アインシュタインの『特殊相対性理論』(1905)から『一般相対性理論』(1915〜1916)の発表時期と重なります。


相対性理論とドン・キホーテ [宇宙]

時間と空間の美しい理論である、アインシュタインの特殊相対性理論が発表されて、
今年で100年になります。
この相対性理論が特集されているということで、久しぶりに雑誌Newtonを買いました。
特殊相対性理論と一般相対性理論の概要が、とても分かりやすい説明と、
美しくて分かりやすいイラストで説明されており、理解し易くて感激しました。

遥か昔、学生の頃、学生同士で集まって相対性理論の勉強をしたことがありました。
その時は、ローレンツ変換とかテンソルとかの数式に気をとられて、
本質的な原理を見失いがちでした。熱く議論しあったことは良く憶えているが、
正直な話、学生の頃はこの理論について良く分かっていなかったと思う。

社会人となって何年かした頃、相対性理論の本を暇つぶしに読み返したことがあり、
初めてとても分かった気になりました。
その時、根本にある原理(光の速さはいつも一定の速さであるという光速不変の原理と、
物理法則はすべての慣性系に対して同じ形であらわされるという相対性原理)さえ理解すれば、
特別な物理数学の知識は不要で、ほとんど幾何学のみで、理解できることに気付いたのです。
そして、時間と空間に対する認識が一変し、あの有名なE=mc^2の式が導くことができることが分かり、とても感激しました。(分かったのは、特殊相対性理論についてで、さすがに一般相対性理論ではつまずきましたが。笑)

しかし今では、その美しい思い出だけが残り、細かい導出は綺麗に忘れてしまっている。
今回Newtonを読んだので、また、久しぶりに相対性理論の本を読み返そうかなという気になっています。今度は、一般相対性理論も少し理解できたら良いなぁ。
これはかなり手こずりそうなので、読みたいとおもっている『半島を出よ』と、
もうすぐ出る『Harry Potter and the Half-Blood Prince (Harry Potter 6) 』を
読む時間が減ってしまうことが難点かな。
光速に近い速度で移動しながら本を読んで、時間をゆっくり進められると良いのですが。笑。

以下余談。
特殊相対性理論が発表されたのは、『ドン・キホーテ』前編が発表された1605年から
ちょうど300年目になりますね。
一般相対性理論が発表されたのは、特殊相対性理論の10年後、
『ドン・キホーテ』の後編が発表されたのは前編の10年後というのも奇妙な一致です。
なお、アインシュタインも『ドン・キホーテ』を愛読していたらしいです。


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。