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サンタの探査2 [小話]

クリスマスの近づく夜に、山田クラウスは、家族と食卓についた。
9才になる息子クリスは、父に言った。
「今年、サンタは、何歳になっているかなぁ?」
クラウスは、ご飯をのどに詰まらせて、むせかえった。
去年のクリスマスの夜、
クリスはサンタクロースへのアンケートを枕元に置き、
サンタクロースの年齢を書いてもらっていた、ことを思い出したのだ。

「去年は何歳だったんだ?
 去年書いたもらったアンケートを見せてくれよ。」
とクラウスは息子に尋ねた。しかし、クリスは無情だった。
「内緒。パパには教えない。今年は、1歳ふえているはずだ。」

「そうとは限らない。サンタクロースは何人もいるんだ。
 去年家に来てくれたサンタは、別の地区の担当になって、
 今年は、違うサンタが来るかもしれない。」
クリスは、この言葉に不服そうに、ポツリとつぶやいた。
「でも、去年のサンタに、来てもらいたなぁ。」

ふと、クラウスは、サンタのアンケートについて、
サンタの探査  に書いたことを思い出した。そこには、年齢を書いておいたのだ!
そして、クリスマスの朝、アンケートの回答にびっくりするクリスの顔を、
思い浮かべて、にんまりした。

この物語は、以下の記事とシリーズです。
塔の上のクラウス  
サンタクロースへのニュース  


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Do you see? ペパー軍曹 ソングは ヘイジュード [言葉]

村上ソングズは、素敵な本だ。
和田誠の絵が、また素敵だ。

ビートルズは、
楽曲歌詞の翻訳が管理者によって許可されていない
ため、掲載できなかったと、まえがきに書いてあった。
残念な話だ。

それは、さておき、この記事のタイトルは、ちょっと苦しいけど回文。
今、なぞなぞ回文で悩んでいる。
目にする活字を、なんでもひっくり返したくなる。
早く、すっきりした気分になりたい。

僕の悩んでいるなぞなぞ回文は、2つ。
1. てし△★☆◆◇×◎こ×こ×こ◎×◇◆☆★△して
2. ◆◇★☆とすえ▲△す▼すにす▼す△▲えすと☆★◇◆

詳細は、以下にあります。
Palindrondo 謎々回文  
血眼な街


村上ソングズ


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寄席の風景 [風景]

江戸の情景にはどことなく憧れる。
先日スゥ。さんの紹介で『長屋寄席』なるものを見に行った。
落語は、ほとんど聞いたことがなかったし、寄席なるものは初めてだった。

小じんまりしたホール。年配の人ばかりでなく、若い感じの人も多い。
意外とシックでフォーマルなお洒落な雰囲気だ。
舞台には、金屏風が置かれていた。
開演。
お囃子に乗って、番組の紙に書かれていない、若い落語家が、一人現れる。
座布団を整えて座る。若くて甘いマスクの若者だ。
少し堅いが、達者な語りで、愚者と学者の会話を演じる。
すがすがしい、演目だった。僕が初めて聞いた生の落語である。
この若者のことは、さぞかし記憶に残ることだろう。

三遊亭ぬう生。はすに構えた所がある。負けん気の強い毒があるキャラだ。
それは、それで心地よい刺激であり、ちょっと気になる感じの落語家だった。
太鼓持ちを体一杯で演じる。
江戸時代のお茶屋の風景が目に浮かぶ。
僕は、北野武の映画『座頭市』で太鼓持ちなる仕事を知った。
太鼓持ち、というのは、旦那衆をヨイショして、
酒の席を楽しくさせる仕事らしい。
今では太鼓持ちは絶滅危惧種となっているそうだ。
そういえば、テレビで、こういう、司会者や大物芸能人をヨイショする
タレントたちを見かける。
彼らは、ある意味、日本文化における伝統的な職業『太鼓持ち』
の後継者なのかも知れない、と思った。

柳家小菊。
三味線を手に、演じる艶っぽい粋曲。
吉原に、すすっと誘い込まれていく感じだ。
演じられた小粋な唄の数々なかで、
しかしながら、僕が一番惹かれた唄は、『ぶんぶく茶釜』だったりする。
それは、幼き頃に母に繰り返し読んでもらった絵本が『ぶんぶく茶釜』だったから。
気持ちよく唄を聞いていたら、見世物小屋の風景が、ぱっと、目の前に浮かんできた。
金屏風の前の空中には、縄が一本ひかれ、傘をさして、
踊りながら、ぶんぶく茶釜が渡って行く姿が、目の前に現われる。
寄席には、こうした幻覚作用があるようだ。

柳亭一馬。僕が前に聞いたことのある数少ない古典の演目だった。
葬式をどう出してくれるかという、ケチな親父の質問に、
3人の子供たちが、馬鹿な答えを繰り広げる。
圧巻なのは、次男だ。粋な祭りのような葬式を出してやると語りだす。
神輿がでて、祭囃子。お祭りマンボで踊りだし、花火があがる。
粋で華やかな江戸っ子の祭りが目の前に繰り広げられているような気分になる。
お葬式の話なのに、すっかり、気分が高揚する。

中入り後、
三遊亭円丈が、もそっと舞台に現われる。
正直、やばいと思う。
元気がなさそうだ。かなりの年の様だ。
大丈夫なのだろうか。この人こそお迎えがやってきそうだ、と思った。

しかし、それは、計算された演出だったと気づく。
喋り出すうちに、どんどん元気になっていく。
最後には、舞台の上で跳ねまわる。
信じられないものを見た感じだ。
落語に慣れていない僕は、すっかり、喰われてしまったので、
多くは語れない。

しかし演目『グリコ少年』では、昭和30年代の少しセピアがかった風景が、
ある部分では、映画Alwaysを見た時よりリアルに、空気として肌身に感じられた。
それは、確かな落語家の話芸であり、
噺家と客席が、ともに呼吸することにより生まれる景色なのだろう。

全体を通じて、これから この地に、寄席を立ち上げてやるぞ、
というような気概も、受け止めることができた。


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