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Air Jelly & Air Ray [生き物]





とっても幻想的!ドイツの会社が作ったクラゲとエイのロボットの映像だそうです。

電気髭剃りの刃で、顔をしかめたこと [misc]

昨年のことだ。
長年、本当に長年つかっていたフィリップス社の電気髭剃りの
モーターが動かなくなりはじめ、そして、
コンセントにつないで、振ってみてもコトンとも言わなくなった。
何年かに1度ぐらい、切れ味が鈍った刃を2、3回位替えたので、
毎日、10年以上は使ってきただろう。

大きな駐車場を備えた大型電機店に出かけ、
いろいろと品定めをした結果、
ブラウン社製の、黒くてシンプルなデザインのものを選んだ。
売り出しをしていたので、5600円でお得感があった。
なかなか切れ味が良く、なかなか満足していた。

だが、買って1年もすると、刃の切れ味が悪くなった。
説明書には1年半ぐらいで、刃を交換して下さいと書いてあった
ので少し早いのだが、切れ味が悪いと毎朝髭を剃る時、
気にかかってしまうので、思い切って刃を買いに行った。

前使っていた電気髭剃りの刃は、3年ぐらい使っても
切れ味は、そんなに悪くはならなかったのに。
前のと同じタイプにすれば良かったなとも思った。

電気屋には、普段は気にも留めないが、驚くべきことに、
髭剃りの替刃を、ずらりと揃えたコーナーがある。
(成人男性としては当たり前のことで、
いまさら驚くことではないのかもしれないが。)

どうして、替刃のような小さなもので、場所をとるのかというと、
替刃は、メーカー毎に、そして、製品ごとに形状が異なるのだ。
そして、もちろん、電気剃刀の製品の種類は、とても多い。

さらに、顔にあたる所が、横になっている刃の場合は、
外の刃と内側の刃と2種類あり、
それらをバラバラに売っていたり、2つをセットにしていたりと、
どうやって、選べば良いのか、悩むほどに、それは沢山の種類の、
替刃のパッケージが並んでいた。

各パーケージに、ずらりと書いてある対応製品番号をたよりに、
対応するパッケージを探していて、不思議なことに気がついた。
僕の買った売り出しをしていたタイプは、
セットになって、若干お得になっている替刃のパッケージは
存在しないのた。メーカが最初から用意していないのだ。
仕方がなく、ばらばらに買うと、5300円ほどにもなった。

電気髭剃りは、相変わらず5600円ほどで売っていた。。
髭剃りには、本体には刃も当然ついているし、
ケースや、充電器もついていたのに。
どうして、替刃だけで、こんなんに高いのだろう?
プリンターのインクと同じように、電気髭剃りも刃の方で
儲けているに違いない。

ほとんど、本体と値段が変らないので、いっそのこと
電気髭剃りを買い直すという手もあったが、
まだ1年しか使っていなくて、
新品同様の電気髭剃りを買い直すのは、地球環境に優しくない。
と自分に言い聞かせて、5300円で、替刃を買って帰った。
替刃のパッケージは手の平に軽く感じた。

家に帰って、刃をつけかえて電気髭剃りを使うと、
切れ味が戻り、気持ちよく使うことができた。
少し高かったが、仕方がないか、という寛容な気持ちになった。

ところが、先日、この電気屋に行った時に、さらに驚いた。
僕の使っている髭剃り本体が、
さらに売り出しをしていて、4800円で売っていたのだ。
一瞬、目を疑ったが、間違いなく、4800円だった。

気になって、替刃のコーナーにいったが、
替刃は特売をしていなくて、相変わらず5300円だった。。
ついに、刃がついている本体より、刃だけの方が値段が高いという、
恐るべき自体となっていたのだ。
こんな状況で、替刃の方を買う人はいるのだろうか?
地球環境のことを、僕以上に熱心に考える人ぐらいだろう。

安く売って、消耗品で儲けるのは、
商売の手法の一つのかも知れないが、
これでは幾らなんでも、買う人を馬鹿にしている。
このようなビジネスモデルが続くとは思えない。

サブプライム・ローンでの住宅販売の方法も、
似ている所があったのかも知れない。

洪水の思い出 [風景]

世界で最も美しい広場とも言われるサン・マルコ広場が、
高潮の日には水没するというヴェネチアにて、開催されていた映画祭。
『崖の上のポニョ』は、主要な賞は逃したものの観客には、大変好評だったみたいですね。
お母さんが大好きだというイタリア人には、
この映画の「お母さん大好き!」という気持ちは琴線に触れたことでしょう。(笑)

8月の終わりには、日本の各地は集中豪雨に襲われていました。
近所でも、床上浸水があり大変でした。

『崖の上のポニョ』と、この大雨で、
8年前の東海豪雨にあった日のことを、思い出しました。

その日は、後で分かったことですが、
1時間に100mm以上、一日で500mm近くの記録的な大雨が降りました。

どれぐらい凄かったかというと、ザァザァとか、たらいを引っくり返した
というような生やさしいものではなく、風呂おけがひっくりかえって、
水が固まりになって頭の上に落ちてくるような、
その体験前後で雨の概念がまったく変わってしまう、それはそれは凄い雨でした。

その日は、少し早めに仕事をあがり、家を目指して、
ひどい雨の中、車を運転していたが、窓の隙間や、車の床下から水がしみだし、
間もなく道は冠水したので、車を近くの駐車場に止めた。
ひざあたりまで漬かった水の中をざぶざぶと歩いて、同じように避難する人たちと、
宿泊可能なサウナ風呂まで、なんとかたどり着き、そこに泊まることにした。

大きなサウナ施設の中は、避難してきた人で溢れていた。
行列に並んで、なんとか入場すると、さっそく大きな風呂に入る。
どろ水を洗い流して、なんだか、天地に来たような寛いだ気持ちになって、
ゆったりと風呂につかり、やまない大きな雨音を聞きながら、
これからどうなるのかなぁと、ぼんやりと考えたりした。

風呂から出ると、テレビの前は人だかりだった。
テレビでは、名古屋駅が写り、新幹線が雨で止まっていますと、放送していた。
もっと、大変なことがおこっているに違いないとは思いはしたが、
この時点では、被害の全貌は、まったく分からなかった。

大部屋で、横になって、真っ白く大きな天井を見ながら、
降り止まない雨で、町が大地が、水に沈んでいく様子を想像した。
昔読んだ、『ドリトル先生 秘密の湖』や、
あまり知らないが、ノアの箱舟の話を思い出したりした。

あたり一面が水に覆われた静けさが支配する世界に、
オリーブの葉をくわえた鳩が飛んでくることを祈りながら、
僕はいつの間にか眠っていた。

翌日は、雨があがり、なんとか大きな川の手前までたどりついた。
家に帰るには、川を渡らなければならない。
どの橋が渡れるのだろうかと、堤防にあがった。

川の水は水量を増して、流れていた。
堤防を歩いてしばらくいくと、橋の上に人だかりが見えた。
橋が渡れるのだろうかと、橋に近づいて驚いた。
橋の向こう側は、水に沈んだ都市だった。

映画のように、ビルの群が、水の中からつき出ていた。
看板が、水の中に浮かんでいた。
バスの天井が水面から少しのぞき、
自衛隊の船(ボート)が、避難具をつけた人を救助していた。
静けさの中、ヘリコプターの音だけが響いていた。

僕にとっては、現実には思えないような景色だったけど、
この町に住んでいた人にとっては、
人生をかえてしまった雨だったのだろうと思う。

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