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コッペパン雲 [風景]

こっぺばん雲.jpg
今週は、空を眺めるのが楽しかった。
歩いていたり、移動している時も、仕事をしている時も、
様々に表情をかえる空の色や雲の様子を楽しく眺めていた。
写真は、今週見た空の一つ。
コッペパンのような、懐かしくて温かい感じの雲が
空一面に並んでいました。

少し前のコーネリアスVideo Clip
最近見て面白かったので、1つ紹介します。


http://www.cornelius-sound.com/06soundvision/02vision.html
の、FitSongや、Like a Rolling Stone なんかも好きです。

コッペパンの作り方は以下にあります。
http://cookpad.com/recipe/531925
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超絶「棒の手」を見た! [misc]

「エンジン01文化戦略会議 オープンカレッジinなごや
人間動物園へ行こう。」
という、やけに長い名前のイベントに、この週末は出かけました。
(場所は、お馴染みの国際会議場。
スフォルツァ騎馬像ともすっかり馴染みになりました。)

これは、各界でご活躍の著名人が、手弁当で、
事務局から配られる新幹線自由席で駆けつけ、
貴重な授業をしていただけるという夢の様な企画で、とても楽しく
色んな話を聞くことができました。

どれも、大変面白かったのですが、取り分け今日見てきた、
超絶「棒の手」の興奮が冷めやまないので、ちょっと紹介します。

この授業は、奥田瑛二組長の肝いりで、
50年前に祭りで見て感動した、「棒の手」を、是非、皆に見てもらいたい、
という、趣旨で行われました。

他の講師(有森裕子さん、ケント・ギルバートさん、今野由梨さん、
中丸三千檜さん、林真理子さん、山本寛斎さん)たちは、
誰も、その「棒の手」を見たことがなく、
始まりは、いったい何を見せられるのか?
と、期待しているような、あまり期待していないような、
密度の濃いィ、講座の中休みというような、そんな感じでした。

僕も正直、「棒の手」は、なんなんだろう?と良く知らない上に、
事前に調べることもなく、
どちらかというと、著名な講師の方々を見ることを目的としていました。

さて、ダンディな奥田瑛二組長が熱く言った、兎に角みなさんに見てもらいたい。
インディジョーンズやSTAR WATSの様に、何も知らずに見て、びっくしてもらいたい。
ということで、棒の手の演者の団体が、ずらりと、舞台に現れた。
年配の方から、若い茶髪のあんちゃんまで、皆、戦国の歩兵の格好で、
ヤリや、カマを長い棒の先につけた武器などを持っていた。

最初の演目は、
凄い奇声を上げて、二人のヤリの使い手に対して、
宮本武蔵さながら二刀流で死闘を繰り広げる、
ちょっと座頭市に似た男のストイックな戦いだった。

お互いに息を合わせた踊りなんだけれど、本当の戦いを見ているような迫力!
ヤリの先が服を何度も掠め、服は、ボロボロになっていた。
こんな、激しい、戦いのような、演技は初めて見ました。

棒の手は、織田信長の時代に、農民に武術を教える為に始まり、
戦国時代が終わってからは、武術を伝える民族芸能として残った。
という説明があり、その後も、
様々なタイプの戦いを模した演目が目の前で繰り広げられました。

目の前の至近距離で繰り広げられ、るあまりに激しい戦いに、
講師の皆様も、身をそらしたり、わなないたり(林真理子女史)、
したりもしていましたが、しかしながら、その真剣さに、
惹きつけられて行ったようです。
(死闘を繰り広げる演者の中に、イケメンのお兄さんや、
可愛いい若者がいたからかもしれませが。。)

奥田組長はとても熱く、かつ上手に、インタビューと司会を進めていました。
若い演者に、何歳ですか、とインタビューすると、
「こう見えても21才です。」と答えたのに対して、
「どこが、こう見えてなのか、良く分かりませんが」
と、絶妙の間でつないだりする所とか、ユーモアたっぷりでした。
これらの若者でも、6才や10才ぐらいから、
10年以上ずっと練習をしているそうです。

日本刀の真剣で、相手の竹ヤリを切りながら戦う、
一際凄い演目(ここまでやるのかと思いましが)の最中で、
真剣を持つ、ロンドンブーツの田村淳の様な若者の、履物の紐が解けました。

竹ヤリは、真剣で、スパスパと鋭く切られ、無事演目が終わりましたが、
奥田組長は、紐、気づいてた?
と気遣っていました。若者は、気づいて、踏まないように、
気をつけたといっていました。

一歩間違えれば大事にもなっていたので、
有森さんは、後から、きちんと上手に注意していました。
さすがです。マラソン選手だからか、靴や足元は、本当に、鋭く見ていました。
彼女は、男子日本マラソンの人たちの前でも是非演じてもらい、
この気合を男子マラソンランナーに伝えたいとおっしゃていました。

他の講師の方も、魅力に惹き付けられていました。
長篠の戦い跡に、一年に3回も行ったと言う
山本寛斎さんは、僕が衣装をつくらないといけないなぁ、
とおっしゃっていました。
寛斎さんが、衣装をつくったら、凄くカッコイイでしょうね。
この「棒の手」が末永く伝えられていくと良いと思います。

この催しについての詳細は、以下にあります。
http://www.enjin01.org/index2.html
http://www.bunka758.or.jp/enjin01/

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将棋の駒をみて、ふと気になったことなど [言葉]

2008_1025kyoutou0065-2.jpg

将棋の駒を久しぶりに眺めていて、ふと、ある事が気になった。
「なぜ、歩兵の裏側に書かれている文字が、"と"なのだろうか?」

Wikipediaで調べてみると、以下の4つの説が紹介されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A8%E9%87%91 から引用)

(1)「歩」は「止」を2つ合わせた字で「止」の略字は「と」であるから、
歩の成駒の「と」は前身が歩であることを示すため、
「止」の字を略して「と」と表示したという説

(2) ひらがなの「と」に見えるが、
実際には「金」を崩した文字であるという説

(3)「金」と同じ読みの「今」(きん)を崩した文字であるという説

(4)登金の略字であるという説

どうやら、これだとうい定説は無いようだ。
それならと思って、僕も一つ考えてみた。

☆「いろはにほへと」による言葉遊び。
 「ほへ」(歩兵)の次だから、「と」になる。

さて、将棋が日本に伝来した時期についても諸説あるようだが、
文献に出てくるのは、平安時代の、1060年前後のことらしい。
対して、「いろはにほへと」が文献に出てくるのは、
1079年の『金光明最勝王経音義』らしい。
ほぼ同時代だから、可能性としては少しあるかなぁ?

そういえば、マンガ「あさきゆめみし」の、
クライマックスにでてくる「いろはにほへと」の歌も、
源氏物語とよく響きあっていました。

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