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走るスフォルツァ騎馬像 [美術]

先日 塩野七生さんも講演されていた、とある会議場の中庭に、
ひっそりと、スフォルツァ騎馬像は佇んでいる。

レオナルドダ・ヴィンチは、ミラノの領主から、
世界最大の騎馬像の制作を命ぜられ
1493年に馬だけの粘土像(それでも高さ7.2m)を完成させた。
いよいよブロンズによる鋳造を始めようとした時、戦争が始まり、
制作が断念され、その上、粘土像まで破壊されてしまった。

写真のスフォルツァ騎馬像は、それをFRPで復元したものです。
とても巨大です。(高さ8.3m!)
見る角度によって、様々な表情を見せます。
今にも走り出しそうな迫力を感じます。


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京都の若冲展 [美術]


京都の相国寺に『若冲展』を見に行きました。
これは、兎にも角にも、目を見張る展示でした。

今回の展示の目玉、「動植綵絵」は、若冲の最高傑作ともいわれる、
動植物の美しい絵のシリーズで、
若冲により「釈迦三尊像」と合わせて相国寺に寄進されたものだそうです。

現在「動植綵絵」は宮内庁のものですが、
この度、相国寺の「釈迦三尊像」とおよそ120年ぶりに再開して、
同じ展示室に公開されております。
「釈迦三尊像」を中心に、「動植綵絵」が左右の列に展示されており、
心なしか、絵も幸せそうでした。

ぼくが持っている若冲の本の写真でも、
「動植綵絵」は凄く綺麗な絵だなぁと思っていたけど、
実物は、はるかに鮮やかで、美しくて、迫力満点でびっくりしました。
(絵を観ている人たちも、絵の前から動こうとしないので、
混雑が拍車をかけて、大変なこととなっていました。)

プライスコレクション 若冲と江戸絵画』展とこの『若冲展』で、
若冲の代表作を沢山見ることができて、とっても良かったです。

ただし、凄い沢山の人で、ゆっくり若冲の世界に浸れなかったのが、
少し、心残りでした。(贅沢なことをいっていますが。。)

上の写真は、京都駅のガラスに写った京都タワーを、
鶏に見立てたてみました。(枡目描?)

http://jakuchu.jp/jotenkaku/
パノラマプレビューで『若冲展』の
第ニ展示室の展示の様子が見えます。

http://www.icnet.ne.jp/~take/jyakuvote.html
で、「動植綵絵」の写真を見ることができます。


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『受胎告知』右から左から [美術]


レオナルドダ・ヴィンチの『受胎告知』は、未だ見ていませんが、
前に放送された新日曜美術館や、ニュースなんかで、右下から見ると、
マリアの右手の不自然さが消えて、この絵が、立体的に見えるというような
ことが紹介されていた記憶があります。
そこでは、もともと絵が飾ってあった部屋が、右から絵を観るようになっていたとか
いうような理由があげれていたような覚えがあります。

ふーんと思っただけで、試したことがなかったけど、この絵が紹介されていた
lapisさんの記事(http://blog.so-net.ne.jp/lapis/2007-05-08)を見ている時に、
ふと思い立ってパソコンの画面を右端から眺めたら、超立体的に見えておぉーと感動しました。
(マリアの右手や大天使ガブリエルの右手が飛び出しているように見えたり、書見台も立体的に見えます。)

それで、興味を覚えて、斜め右下から眺めた図(と左下から眺めた図)を作ってみました。
画像処理のソフトとか持っていないので、Excelのグラフ機能で、ごりごりと作りました。

右から眺めると、
後ろの山と大天使ガブリエルに目がいきますね。
手前のマリアのスカートの襞と、後ろの山のうち、手前の色が濃いくて低い方が対応しているように見えます。そうだとすると、後ろの薄くて高い山(父なる神の象徴?)と、マリアの胴体(胎内にイエス・キリスト)も対応しているのかもしれません。
この右からの眺めは、神秘性が高い眺めだと思います。

左から眺めるとどうでしょうか?
すると、光は左からさしているので光に照らされたマリアの顔と、あげた左手、
そして、左端の光が差し込む石造りの人間の建物の入り口(あるいは出口)に目がいきます。
この左からの眺めは、人間に光を当てた眺めだと思います。

なお、背景に4本ほぼ等間隔にならんだ糸杉がある。
実は等間隔ではなく、左の方が間隔が広い。
また、左端の糸杉の枝の幅の方が、右端の糸杉の枝の幅より広い。
ということは、左から眺めた方が、糸杉の観点からは、自然な感じがします。


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若冲サプライズ! [美術]

やっと、地元に、念願の
プライスコレクション 若冲と江戸絵画』展が、やってきたので、
今日、見に行きました。
若冲の絵は、見ていて本当に楽しい。
色彩、構図、動き、表情どれも素晴らしい。

多くの絵画が、ガラスケースに入らずに見ることができて、
光の反射も無く、間近に、質感を感じられて感激でした。
(この展覧会で、絵が痛むだろうな。。
それを差し置いても皆に絵の魅力を伝えたいと考える
プライスさんは偉いなぁ。)

若冲の絵がいっぱい展示してある夢の様な部屋は、
何とも居心地が良くて、じっと絵に囲まれて、
お茶でも飲んでいたい気分になった。

また仕事帰りにでも見に行きます。

本展覧会の絵は、公式ブログフォトライフで、
全てネット上で観ることができて凄いです。
http://f.hatena.ne.jp/jakuchu/20060524100914
(この絵の下のスライドから、この絵の右の絵を順にクリックしていくと、
展覧会の全ての若冲作品が見れます。)


写真と若冲は関係ありませんが、それっぽかったので。


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エッシャーとプラナリア [美術]

エッシャーの絵は不思議である。
この不思議な絵の一つに扁平虫類(Flatworms)という作品がある。

平べったい、矢印の様な虫が、
正四面体と正八面体が織り成す不思議な世界を泳ぎ回っている絵である。

http://www.mcescher.com/ のpicture Gallery 1955-1972に収録の
『Flatworms 1959 Lithograph』を見ると小さいけど絵が確認できます。)

この絵の中の平べったい、矢印の様な虫は、
プラナリアという変な生き物ではないかと思う。

プラナリアはとても不思議な生態を持つ生き物である。
『切っても切ってもプラナリア』(岩波)という本では、
2つに切ると、2匹に分かれるということが、紹介されている。
頭部と尾部に分けると、それぞれが固体となるし、
左右に分けても、それぞれが固体となるらしい。

何だか、エッシャーのテーマである対称性や無限分割を、
具現した様な生き物である。
エッシャーが絵に使ったのは、形に惹かれただけなのか、
それともプラナリアの生態を知っていたのだろうか?

プラナリアの写真は、以下にあります。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~gen-yu/planaria.html
(可愛いい。)
http://www.t3.rim.or.jp/~hylas/planaria/index.html

『へんないきもの』というチョット前に流行った本にも
プラナリアはのっていたと思う。

なお、美術手帖の11月号は、M.C.エッシャーの特集でした。

切っても切ってもプラナリア

切っても切ってもプラナリア


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江戸の誘惑 [美術]

名古屋ボストン美術館の『肉筆浮世絵展 江戸の誘惑』が
日曜日までなので、見逃さないように、
あわてて昨日の夕方行ってきた。

僕は、浮世絵にそんなに興味がある訳ではない。
だけど、北斎は別なのだ。(後、はやりの若冲にも興味がある。)

昔、何気に行った北斎展で、
その圧倒的なまでの絵の力に感激したことがあり、
それ以来、北斎の絵が好きなのである。

北斎の前に、今回の展覧会の全体の印象を簡潔に記そう。
歌舞伎や遊里、行楽を描いた、美しい江戸の風景。
この浮世絵展を見ていると、江戸は、平和だったんだなぁと思った。
海の外では、ナポレオンの戦争を始め、
いろんな戦争が行われていたにも関わらず、
浮世絵の中の江戸は、あくまでも長閑(のどか)で粋である。
飢饉や、一揆とかは、あったにせよ。

タイムマシーンがあるのなら、
こんな江戸の遊里に遊びに行きたいと、つくづく思った。

さて、北斎の絵。
とにかく、カッコイイ。
のびやかで、力強く、だけど、奇抜な構図。
ラフで繊細、まさに緩急自在。

いのししの絵などは、重力から解き放たれ、
宙を自在に舞うかのような、かろやかさ。

晩年の、滝にのぞむ李白の絵は、ちょっと、
切なくて、熱いものがこみ上げた。

今回、おっと思ったのは、
北斎の絵が描かれた提灯、2点である。
提灯のまわりに、ぐるっと、龍と虎、龍と蛇が描かれていた。

絵が一周してきて、3次元的に閉じている。
例えば、提灯の正面で龍と虎の顔が対峙していても、
提灯の裏では、尻尾どうしが、絡みあっていたりする。
その構図は、まるでポアンカレ問題のように深遠である。

絵の横に書いてあった解説には、
龍は男性(陽)、虎は女性(陰)を現わす。
と、描いてあった。

虎が女性を現わすとは知らなかった。
しかし、となりの『龍と蛇』が陽と陰なので、
確かに、その通りであろう。
提灯自体が、夜の闇に照らされる光、陰と陽の道具である。

ふっと、思ったくだらないこと。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という諺について。

危険を冒さなければ、功名は立てられないことのたとえ、
と言われるが、虎が女性ならば、まったく別の意味が
浮かび上がってくるのではないか。
(穴に入って"虎子を得る"という所に実感が篭ります。)

粋な諺である。


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ゴッホ展とマジック・キューブ [美術]

昨日、ゴッホ展を見てきました。
お盆休みにも見に出かけたのですが、その日は月曜日だったので休館日でした。
その次ぎの日曜日にも出かけたのですが、凄い人で、券を買うのに30分待ち、
入館するのに60分待ちという、万博状態だったので、恐れをなし諦めたのでした。

で昨日、三度目の正直、三顧の礼だと意気込んで、夕方仕事帰りに寄りました。
(いつもの閉館は午後6時迄なのですが、金曜日は午後8時迄だったので)
すると、普通の美術展ぐらいに空いていて、大正解!
ゴッホの絵をじっくりと、間近に、見る事ができました。
ゴッホの絵をこんなにまとめて見たことは無かったので、とても感激しました。
絵のことを良く知らないので、もっと激しい筆遣いかと勝手におもっていたけど、
丁寧で、知性的で、優しい感じすらしました。
ただし《糸杉と星の見える道》は、妖気が漂っていましたが。

写真は、お土産に買った、マジックキューブです。
ゴッホの色んな絵が出てきて楽しいです。遊び過ぎて壊れちゃいそうです。。



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ダ・ヴィンチの鏡面文字についての補足 [美術]

前回書いた、『ダ・ヴィンチの鏡面文字について』
http://blog.so-net.ne.jp/miron/2005-03-19
の補足です。

先程、図書館で、北川健次さんの
『「モナ・リザ」ミステリー 名画の謎を追う』
(新潮社 2004年12月25日 発行
最近出た本なのですね。図書館も早いなぁ。)
という本を借りてきて、取急ぎ、さらっと読みました。
色々と興味深い話が書いてあって、面白かったです。

この本に紹介されていましたが、私が前回紹介した、
「ダ・ヴィンチが鏡面文字を書いた理由は、印刷原稿とする為」
という説は、以下の本による様です。
レオナルド=ダ=ヴィンチ 鏡面文字の謎』(高津道昭、新潮社)

この印刷原稿とする為というのに対して、
北川健次さんは、幾つか疑問点をあげ、
さらに新しい説を書いているのであった。。

なお、この疑問点の中に、
心臓の位置に関する、私と同じ疑問も書いてありました。
私も適当なことばかり書いている訳では無さそうですね。
少し安心。


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ダ・ヴィンチの鏡面文字について [美術]

lapis
http://blog.so-net.ne.jp/lapis/2005-03-13
さんの記事へのトラックバックです。

ダ・ヴィンチ・コード、売れているのですね。
日本語版が出た頃、本屋で見かけて、
面白そうだなと斜読みしたのですが、
ま、いいか、で買わなかった。
(昔読んで面白かった覚えがある、荒俣宏さんのレックス・ムンディ
と同じような話だなと思って、諦めたのですが。。読むタイミングを逸して少し後悔)
ちゃんと、いつか読もうかな。

さて、ダ・ヴィンチが手記を書く時に、左右をひっくり返した
鏡面文字を使っていたという話について、書きます。
少し長文ですが、御辛抱を。

鏡文字は、ダ・ヴィンチが、手記の内容を他の人に、
簡単に読まれない様にする為に用いた暗号だ
というのが一般的な解釈みたいです。
(この間のフジテレビでもそう言っていた。笑。
http://www.fujitv.co.jp/davinci/index2.html
 関係ないが、竹中直人のダ・ヴィンチ役は、割と良かった。
 荒俣さんも出てましたね。)

「ダ・ビンチは暗号技術の先駆者」
http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/culture/story/20030422207.html

上記にも紹介されている(ダ・ヴィンチ・コードにも出ているのかな?)
文書を保護する携帯型の容器の発明とかは、確かに凄く、
鏡面文字まで、暗号といいたくなる気持ちも分かります。

しかし、鏡面文字は、割と簡単に読むことができるので、
暗号という程のものでは無いような気もします。
テレビで言っていた、誰にも読めない文字
ていうのは、大袈裟ですよね。。)

昔何かで、このダ・ヴィンチの鏡面文字についての、
ある推理を読んだことがある。

これは、「印刷する為の原版の為に、わざわざ、文字を反対に書いた。」
というもの。

印刷用の原版を作る人が、文字を逆にするのを間違えないようにとの、
ダ・ヴィンチの配慮という説で、
確か、印刷関係の人の考えた説だったと思う。

残念ながら、この説には、個人的に2つの疑問点があります。
グーテン・ベルグの印刷技術の発明(1445年頃?)より、
ダ・ヴィンチは少し後の人(1452〜1519)というのが、その1の理由。
活字を使うのなら、わざわざ文字を反転しているのが、裏目に出て、
出版の人は、かえって大変ですね。
この当時は、こうした技術の普及速度は、いかなる程度だったのか?
ダ・ヴィンチは、活字というものを知っていたのか?
そこまで、調べられると良いのですが。。

さて、私は、
「レオナルド・ダ・ヴィンチ人体解剖図」という図録を持っています。
昔、開催された展覧会で買いました。
美しい23葉の人体解剖図が載っています。
この中に、「心臓の血管系」という図があります。
図中の、心臓を示していると説明があるcoreという文字は、
確かに鏡に写すと読めます。
しかし、この心臓は、スケッチされている人体の左半身に書いてあるのです。
(通常の位置通りですね。)

版画にするのなら、体も左右反転するのべきでは、と思うのです。
このまま版画にしたら、文字は正しくなりますが、
絵は左右反対になります。

絵は、左右反転せずに、正しい向きで、
文字だけが、印刷用に左右反転というのは、いかがなものか、
と言うのが、第2の疑問です。

そうではあるのだけど、
私は、この印刷する為という説が好きです。
他人に読まれないようにする為ではなく、
他人に広く読んでもらう為、という発想が好きです。


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